森鴎外の桃太郎

きびだんごをば早はや積み果てつ。鬼ヶ島のつくゑのほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る太郎仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人ひとりのみなれば。
 この鬼ヶ島の港まで来こし頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして新あらたならぬはなく、筆に任せて書き記しるしつる紀行文日ごとに幾千言をかなしけむ、身の程ほど知らぬ放言、さらぬも尋常よのつねのサル、キジ、さてはイヌなどをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか見けむ。